公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

財務・経理担当者のためのM&A(6)

第6回

運転資本(Working Capital)分析

滞留債権・滞留在庫

  • 財務DDにおいて、滞留債権、滞留在庫は花形論点です。私がM&A業界に足を突っ込んだ10年前の財務DDは、「純資産調整」が中心であったため、その印象が強いです。
  • 最近の財務DDは、キャッシュフロー分析に重点が置かれています。(個人的には少し偏りすぎと感じています) しかし、クライアントの関心は依然として、「債権在庫で腐ったものはないか?」にあります。そのため、「非資金損益なのでFCFには影響がない」などの寝ぼけたことを言ってないで、債権・在庫の滞留状況をきちんと確認するべきです。
  • 滞留債権・滞留在庫は発生しないことが望ましいですが、ビジネスをする上で避けられない存在です。信用調査や与信管理をどれだけ厳格に整備運用しても、製版一体化した効率的な在庫管理システムを導入しても、ビジネスが生き物である限り、滞留債権・滞留在庫は必ず発生します(必要悪又は車のあそびに該当)。個人的には、対象会社のビジネスに対する考え方は、この必要悪への対応策に現れると思っており、興味深く分析しています。
  • 在庫をできるだけ多く保有することで、クライアントのどんな要望にも応えることを会社の強みとしているケースもあります(B to B向けの工具など)。つまり、「滞留在庫こそが利益の源泉」です。このような会社が対象会社の場合に、「在庫をもっと削減すべき!!」とレポートに書いて、クライアントに提出すると、出禁となる可能性があるので注意してください。(このブログの読者はそんな過ちをしないと思います。)
  • 以上より、財務DDにおいては、①対象会社の滞留の定義、考え方、②滞留発生を防止する会社の仕組み、③滞留のモニタリング状況、④滞留発生時の会計処理方法という順に作業をすすめるのがいいかと思います。

具体的な作業

  • 債権・在庫の共通作業として、まず対象会社の滞留の定義を確認したうえで、滞留管理表(年齢調べ表)から滞留状況を確認します。
  • 次に、債権の場合は、得意先別の債権管理表から滞留状況の詳細確認をします。在庫の場合は、払出記録から在庫の回転期間を算定して滞留状況の詳細確認をします。
  • 在庫の注意点として、滞留の定義とも関連するのですが、対象会社の製品群(SKU: Stock Keeping Unit)の管理単位を確認する必要があります。というのは、対象会社がA-1~A-30までの製品をA群製品というSKUで管理しており(色違い・サイズ違いの服、フレーバーの異なる食品など)、A-1製品のみ払出があり、A-2以下の製品は全く動いてない場合に、A群製品の回転期間だけを確認していると、A-2以下の滞留を見逃すことになります。この場合は、A-1,A-2,A-3…の詳細なSKUのデータを入手して最小単位で滞留状況を確認するべきです。そのため、SKUの管理区分の金額が大きい場合は、ヒアリングによってその詳細実態をきちんと確認する必要があります。実務上は、スケジュール、資料の整備状況及び金額的な重要性を考慮しながら、作業範囲(どこまで掘り下げるか)を決めています。
  • また、対象会社から不稼働在庫の状況が開示された場合、不稼働の定義・SKUの範囲を確認する必要があります。先ほどの例で、A群製品が1万個ある場合、A-1製品が1個でも払出されるとA群製品のすべてが不稼働在庫のリストから除外されてていることがあります。その場合は、開示された不稼働在庫の情報は使えないと判断して、すぐに別の手続きによって在庫の滞留状況を確認します。

検出事項の取扱い

  • 基準日時点の滞留債権・滞留在庫が、一過性のものであるか(毎期継続的に発生するかどうか)及び事業計画の債権在庫の残高算定方法を確認します。
  • なお、上記で記載したとおり、滞留の発生は不可避であるため、この一過性の判断は金額的な重要性を考慮して検討します。
  • 滞留が一過性である場合
    • DCF法の場合は、基準日時点の債権在庫金額を滞留控除後の金額に修正して、計画1年目以降の在庫金額に滞留在庫が含まれないように調整する必要があります。
    • そのうえで、基準時点と計画1年目の債権在庫金額の差額を運転資本の増減としてFCFに反映します。
    • その結果、滞留債権・在庫は計画1年目の必要運転資本の不足分として、価値評価を下げることになります。
    • 滞留在庫の処分費用が見込まれる場合は、処分費用をネットデットとして事業価値から控除して株式価値を算定します。
    • マルチプル法の場合は、滞留債権、滞留在庫の会計処理(費用処理)をどのタイミングでするべきであったかを確認して、正常収益力調整を行います。その調整結果をもとに乗数を乗じて事業価値を算定し、在庫処分費用の発生が見込まれる場合は、事業価値から当該金額を控除して株式価値を算定します。
  • 滞留が一過性でない場合
    • 滞留が一過性でない場合、滞留は収益獲得するために必要あ運転資本投資と考えます。DCF法の場合は、基準日時点の債権在庫金額に滞留金額を含んだままにして、計画1年目以降の在庫金額に滞留在庫を含むように調整する必要があります。
    • そのうえで、基準時点と計画1年目の債権在庫金額の差額を運転資本の増減としてFCFに反映します。
    • その結果、滞留債権・在庫は必要運転資本として、滞留がない場合と比較して、運転資本投資が多くなる結果、価値評価を下げることになります。なお、事業計画のPLに貸倒損失及び在庫廃棄損が含まれている場合は、EBITDAの段階ですでに価値を下げていますので、運転資本は滞留を含まない金額にする必要があるので注意下さい。(2重でマイナス効果を入れていないか確認下さい。)
    • さらに滞留在庫の処分費用が見込まれる場合は、処分費用をネットデットとして事業価値から控除して株式価値を算定します。
    • マルチプル法の場合は、滞留債権、滞留在庫の会計処理を確認して、正常収益力調整を行います。その調整結果をもとに乗数を乗じて事業価値を算定し、在庫処分費用の発生が見込まれる場合は、事業価値から当該金額を控除して株式価値を算定します。
  • なお、調整方法はこの他(計画1年目に評価損を計上する等)に様々あり得ます。
  • 繰り返しになりますが、過去期間及び将来期間のFCFに対して、滞留の効果を2重で入れないように注意してください。
  • いったん作業が完成した後で、対象会社の経済実態が、PL(EBITDA)とBS(運転資本の増減)にきちんと反映できているかという視点で再度確認してください。

 

次回は、その他流動資産・負債(設備購入債務など)を考えます。