公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

財務・経理担当者のためのM&A(7)

第7回

運転資本(Working Capital)分析

運転資本の範囲

  • 運転資本の範囲は、売掛金、在庫及び買掛金だけでなく、前払費用、未払金等のその他流動資産、その他流動負債も含める必要があります。
  • 財務DDの初期段階で、BS科目を「運転資本」「ネットデット」「固定資産」「非営業資産」「その他」に区分するのですが、その際、どれに該当するか悩む場合があります。ある程度のパターンはあるものの、案件ごとに科目の内容を把握した上で決定しています。
    • 繰延税金資産繰延税金負債:その他(FCFに影響しない項目)
    • 未払法人税:運転資本又はネットデット(案件ごとに検討)
    • 賞与引当金:運転資本
    • 前受金:運転資本又はネットデット(要返済額をネットデットとする)
    • 未成工事受入金:転資本又はネットデット(案件ごとに検討)
    • 前受収益:運転資本
    • 設備未払金:ネットデット(借入による資産購入とみなす)
    • 割賦未払金:ネットデット(借入による資産購入とみなす)
    • リース債務:ネットデット(借入による資産購入とみなす)

正常収益力分析との関係

  • 過去期間の運転資本を分析する場合、正常収益力分析との関係に注意が必要です。
    • 例えば、正常収益力分析において、対象会社の30周年記念旅行の費用を一過性費用として調整する場合、当該費用に対応する未払金等の負債勘定を運転資本から除外することが必要です。
    • ただし、これもどこまで精緻に作業するかは、案件の特性、スケジュールを勘案して決めるます。例えば、プロフォーマ―調整(為替レートを一定にする、リストラ後の賃金水準に調整、役員報酬を削減の水準に調整、連結子会社の過去からの参入・除外)に関して、運転資本の調整作業をいったんやり出すと、深みにハマり抜け出せない可能性が高くなります。また、分析結果が価値評価等に有益かどうかも疑問です。そのため、前提条件をシンプルにしていったん粗い数字を出してから、必要に応じてチューンナップするような作業の進め方が望ましいです。

設備未払金及び割賦未払金

  • 基準時点の設備未払金及び割賦未払金はなぜネットデットにするのでしょうか?
  • 解答は、「将来期間のFCFの計算過程に出てこないから」なのですが、少し注意が必要です。
  • 価値評価の計算において、FCFの構成要素は、EBITDA、運転資本の増減、設備投資額、税金です。実務ではあまりないと思うのですが、事業計画の設備投資額に、設備未払金又は割賦未払金の支払/返済額を含めている場合、基準時点の設備未払金又は割賦未払金をネットデットにすると、株式価値に対して2重で控除していることになります。そのため、事業計画の設備投資額がどの金額を基に作成されているかを確認する必要があります。
  • 多くのケースでは、基準時点の設備未払金及び割賦未払金に対応するキャッシュアウトを設備投資額に含まれていないため、設備未払金及び割賦未払金をネットデットとして事業価値から控除し、株式価値を算定して問題ないのですが、機械的にネットデットとするのではなく、念の為、事業計画の設備投資の金額との整合性を確認してから、判断するべきです。
  • 設備投資についてさらにコメントすると、設備投資の資料を依頼した際に、BS計上のタイミング(建設仮勘定等)に合わせた金額が記載されている場合があります。FCFの算定では、キャッシュアウトのタイミングに一致した投資額が必要となるため、この資料では不十分です。このような場合は、設備未払金、割賦未払金、リース債務の勘定分析によって、BS計上のタイミングに合わせた金額からキャッシュアウトのタイミングに一致した投資額に修正します。
  • 設備投資については、投資内容の把握、見積額の妥当性、収益との関連性、減価償却費との関係等、分析項目がたくさんありますが、キャッシュ・アウトの金額になっているか?という基本を端折らずに確認することが大事です。