公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

海外企業を評価する際の留意点(FCF及びWACC)

原則的な方法

FCF

  • 現地通貨ベースの名目キャッシュ・フローを使用
  • 単価、数量でモデル化する場合、インフレ率を考慮して名目ベースの数値で事業計画を策定
  • 単一シナリオの場合、FCFにカントリーリスクを織り込む
  • 複数シナリオの場合、FCFにカントリーリスクを織り込まず、シナリオの掛け目に反映

グローバルWACC

  • リスクフリーレート:投資先の国債レート
  • 類似会社のベータ:グローバル株式市場(MSCIワールドインデックス)のポートフォリオに対するベータ
  • 株式リスクプレミアム:グローバル株式市場のポートフォリオに対するリターン
  • 利子率:投資先の国債レート+借入リスクプレミアム

事業価値

  • FCFをグローバルWACCで現在価値に割り引いて事業価値を算定します。買い手国の通貨に換算する時は、スポットレートで換算します。

補足

  • 海外に対して何ら制約なく投資できる買い手企業(先進国)は、グローバル株式市場をポートフォリオと考えることができるため、ベータと株式リスクプレミアムはグローバル株式市場に対する数値を使用します。
  • リスクフリーレートに関して、途上国(ベトナムラオスミャンマー等)のように投資国のデータの信頼性が低い場合、米国10年国債に米国と投資国のインフレ率の差を加算する方法が考えられます。

例外的な方法

ローカルWACC

  • リスクフリーレート:原則的な方法と同じ
  • 類似会社のベータ:現地株式市場のポートフォリオに対するベータ
  • 株式リスクプレミアム:現地株式市場のポートフォリオに対するリターン
  • 利子率:原則的な方法と同じ

前提条件等

  • 類似会社のベータと株式リスクプレミアムが、現地株式市場に対応する数値になっています。
  • 「対象企業のリターンに影響を与えるすべての国際的なリスク要素が現地株式市場に反映されている」ことが、ローカルWACCの適用前提となります。
  • そのため、現地の固有リスクに特徴があり、国際的な市場とリスク要素が大きく異なる場合(現地市場が米国市場と全く逆の動きをする等)、ローカルWACCを適用するべきではないと言えます。
  • また、現地株式市場のポートフォリオが特定の産業に偏っている場合(IT企業が少なく、インフラ企業が市場の大部分を占める等)、国際的なポートフォリオとの歪みが大きく、類似会社のベータの妥当性に問題があると考えられます。
  • なお、米国及び欧州主要国(英国、ドイツ、フランス、オランダ、スイス)では、ローカルWACCと原則的な方法は、近しい結果になるという実証的な研究があるため、実務上はこの方法が使われるケースがあります。
  • さらに、実務上の問題として、「グローバル市場(MSCIワールドインデックス)のポートフォリオに対するベータ」を取得するには、ブルームバーグのような利用料が高額な情報機関を利用する必要があります。一方、現地株式市場のポートフォリオに対するベータは、比較的廉価で取得できるため、費用対効果を考慮して、この方法が採用されている面があります。

小規模ディスカウント

  • 実務上、どの国に対する投資であっても、米国市場の実証データーに基づく数値(3%~5%)を使うことが多いです。
  • 現地市場の実証データーを基にした数値(例えば、日本)も存在しますが、米国市場との差異が非常に大きく、この差異の原因を合理的に説明できないため、使用されるケースはほとんどないと思います。個人的な経験ですが、過去に1件だけ使用例を拝見しました。この点について、「他データーとの整合性はよく分かりませんが、ファクトなので、そのデータを使いました」という態度は、専門家として避けるべきと考えます。

まとめ

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具体例

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グローバルWACC

  • インド cost of debt= (7.36% + 1.50%)×(1-30%) ⇒ 6.20%
  • インド cost of equity = 7.36% + 1.1×6.00% + 3.50% ⇒17.46%
  • インド WACC = 6.20% ×50% + 17.46% ×50% ⇒11.83%

ローカルWACC

  • インド cost of debt= (7.36% + 1.50%)×(1-30%) ⇒ 6.20%
  • インド cost of equity = 7.36% + 1.×7.00% + 3.50% ⇒17.86%
  • インド WACC = 6.20% ×50% + 17.86% ×50% ⇒12.03%

参考図書:企業価値評価(下)第6版 マッキンゼー・アンド・カンパニーダイヤモンド社