公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

役員退職慰労金の金額決定について

  • 事業承継M&Aで頻繁に登場する役員退職慰労金を取り扱います。
  • M&Aで論点となる部分を中心に説明します。

役員退職慰労金

  • 株式譲渡M&A時には、譲渡企業が退任する役員へ役員退職慰労金を支給することが多くあります。その算定方法、譲渡企業及び役員退職慰労金を受取る役員の課税関係等を確認します。
  • 中小企業M&Aのテキストやインターネット上の記事では、教科書事例がよく解説されています。
  • しかし、実務上は異なるの考え方に基づき、退職慰労金が決定されていますので、こちらをご参考いただければと存じます。

役員退職慰労金のメリット

  • 譲渡株主役員、対象会社及び買い手企業にとって、役員退職慰労金の支給はメリットがあります。
  • 譲渡株主役員:株式譲渡と組み合わせることで税負担を軽減できる。(手取りを増やせる)
  • 対象会社:税務上認められる範囲内で損金算入でき、税負担を軽減できる。
  • 買い手企業:株式取得代金が減額されるため、初期投資を抑えることができる。

役員退職慰労金の算定式

  • 上記のメリットを享受する前提として、役員退職慰労金が損金算入限度額に収まっていることが必要です。この点、適正金額について明確に定めた税務上の規定は存在しないものの、「最終報酬月額×勤務年数×役位に応じた功績倍率」を採用するのが一般的です。また、実務上は役員退職慰労金の支給に併せて功労加算金の支給も行われることが多いです。
  • 功績倍率の妥当性については議論の分かれる部分でありますが、代表取締役は3.0倍、平取締役は2.0倍、監査役は1.5倍が一応の目安とされています。

退職所得(税務)の算定式

  • 退職所得=(退職金ー退職所得控除)×1/2
  • 退職所得控除(1年未満の場合は切り上げ)

①勤続期間20年以下:40万円×勤続年数(最低80万円)

②勤続期間20年超:800万円+70万円×(勤続年数ー20年)

  • なお、勤続年数が5年以下の役員へ役員退職慰労金を支給する場合には、退職所得の計算は(退職金ー退職所得控除)となり、×1/2ができない点に注意が必要です。

税額の計算

  • 所得税(復興税込み)と住民税を合わせて、最高約56%の累進税率が適用されます
  • 所得税(復興税込み):退職所得金額(千円未満切り捨て)×所得税税率(速算表)×1.021
  • 住民税:退職所得金額(千円未満切り捨て)×10%(市町村民税+都道府県民税)
  • 所得計算で「×1/2」ができるため、株式譲渡益にかかる税率(20.315%)より税率を低くすることが可能となります。その結果、譲渡株主役員は役員退職慰労金を受取ることにょって、手取り金額を増やすことが出来ます。

 

役員退職慰労金の金額算定:教科書事例

  • 買収価格5,000百万円と仮定し、退職慰労金の支給のないケースと退職慰労金100百万円を支給した場合の手取り額を比較します。
  • 退職慰労金の支給がない場合の手取り額は3,995百万円、支給する場合の手取り額は3,999百万円と4百万円増加します。
  • 退職慰労金の支給額を変化させた場合、手取り額を最大にする退職慰労金は、45百万円と試算されます。

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役員退職慰労金の金額算定:実務

  • 上図では、退職慰労金を支給する場合、株式対価=「買収価格5,000百万円ー退職慰労金100百万円」としていました。
  • しかし、実務では、退職慰労金の税効果後の金額(×(1-実効税率))を純有利子負債として、事業価値から控除して買収価格を算定します。その結果、退職慰労金を増加すればするほど、手取り額が増加することになります。
  • そのため、過大役員退職慰労金の損金算入限度が論点となります。

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