公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

財務・経理担当者のためのM&A(3)

 

 

 第3回

運転資本(Working Capital)分析

  • 運転資本(WC)の分析結果は、価値評価、SPA(株式譲渡契約書)に対してダイレクトに波及するため、きちんと論点を整理したうえで、分析を始めることが大切です。
  • 財務会計のテキストでは、運転資本の項目を限定して定義(売上債権、在庫、仕入債務)することが多いです。しかし、M&Aでは、運転資本の定義自体が交渉項目の一つとなるため、絶対的な正解はなく、案件ごとに当事者間で合意した内容が正解となります。
  • 交渉において、売り手と買い手の利害が対立する部分となるため、主張するに足る論理的な裏付けが必要です。
  • ただし、実務において、全く争点にならない場合もあります。しかし、買収後のPPAや減損テストでは買収時の価値評価をベースに話を進めるため、ある程度説得力のある説明の準備は必要です。

論点について

  • 運転資本の主な論点は、①運転資本の範囲、及び②運転資本の水準となります。
  • ①運転資本の範囲とは、特定の勘定科目について、それを運転資本又はネットデットのどちらに含めるかという帰属の問題です。
  • ②運転資本の水準とは、対象会社が正常に営業していくためには、どの程度の運転資本が必要かという金額水準の問題です。
  • 具体的な論点項目は、下表となります。

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運転資本の範囲について

  • ①運転資本の範囲とは、特定の勘定を運転資本又はネットデットのどちらかに帰属させるという問題です。どちらに帰属先するかによって、DCF法では、FCF(運転資本の増減)及びネットデットの金額、マルチプル法では、ネットデットの金額に影響します。
  • なお、DCF法の場合、運転資本又はネットデットのどちらに帰属させた場合であっても、価値評価への影響は中立という意見もありますが、割引計算をするため、金額的な影響は必ず発生します。
  • 例えば、未払法人税に関して、それぞれの論拠及び計算例をご覧ください。
区分 論拠
運転資本 未払法人税は、正常な営業過程で発生する債権債務である。
ネットデット 基準日までの利益に対する税金は旧株主が負担するべき。

 

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  • 運転資本とする場合の株式価値は527であるのに対して、ネットデットとする場合は524となります。差額3は、基準日時点の未払法人税30と未払法人税30に初年度の割引係数0.91を乗じた金額27との差額です。
  • このように、運転資本の帰属は、DCF法で割引計算をするため、必ず株式価値に影響します。どちらに帰属させても価値に対する影響は中立とのコメントは、この割引計算を無視しており正確ではないです。
  • また、ネットデットとする場合(監査法人系に多い)、上図の黄色部分(45)を運転資本とすると同様に15としているレポートもあります。これは明らかにフェアではない(価値を2重に減額している)ので、修正するべきです。
  • すなわち、基準日以前の利益に対する税金は旧株主の負担として、ネットデットで控除しておきながら、翌期の未払法人税の増加(FCFのプラス)を残高ゼロではなく、基準日の残高15からスタートしているため、計算ロジックに誤りがあります。
  • 個人的には、割引率が低く、金額的な影響(基準日時点の未払法人税と未払法人税に初年度の割引係数を乗じた金額との差額)が軽微であると予想される場合、計算をシンプルにするため、未払法人税は運転資本に含めることをお勧めします。

次回は具体的な個別論点をそれぞれ考えていきます。