公認会計士 中田博文のブログ

M&Aの財務税務DDと価値評価を考えながら整理していきます。

財務・経理担当者のためのM&A(2)

第2回

正常収益力分析

  • 最近の財務DDレポートには、正常収益力分析が入っているケースがほとんどです。ただ、初めて財務DDレポートをご覧になった方にとっては、全く意味不明なスライドと思います。
  • また、非上場企業が対象会社の場合、会計処理の誤りを訂正している項目がほとんどなので、そのような趣旨で作成していると誤解される場合も多いです。
  • 今回は、なぜ正常収益力分析が必要なのか、そして分析結果をどのように使えばいいのかを考えます。

正常収益力分析とは何か?

  • 正常収益力分析は、QoE(Quality of Earnings)分析と言われ、「利益の量」よりも「利益の質」に着目するものです。
  • 会計上の「利益の量(How many)」は、過去の決算書を見ればすぐに分かりますが、その利益がどのように(How)生み出されたかという「利益の質」については、事業内容・損益構造を十分に理解してないと、全然分かりません。(事業内容及び損益構造を理解するための作業は、前回ご説明した「利益の源泉」を把握するための作業と読み替えていただいて結構です。)
  • リサーチ・インタビュー・財務分析・類似会社分析等によって事業内容・損益構造を十分に理解したうえで、「利益の源泉」から生み出されるべき正常な利益と会計上の利益との間に相違があれば、その相違点を調整項目として定量的に明示するのが、正常収益力分析と考えています。
  • 実務の話をすると、監査法人からFAS会社に移籍したばかりのM&A経験の浅い会計士は、典型的な論点(以下をご参照下さい)にあてはまる項目をチェックリストで確認して、分析表を完成させているケースが多いです。迅速かつ効率的にレポートを完成させたい気持ちは理解できますが、利益の質という観点から、事業内容及び損益構造を説明できるくらいの分析時間を確保した上で、レポートを作成した方がいいと思います。
  • 過去の異常項目の調整(例示)

    • 一過性損益の調整(貸倒損失、在庫処分損失、退職金制度変更の影響、本社移転費用、上場準備費用等)

    • 相場価格変動の影響の調整(相場価格、為替レートを一定にする)

    • 会計処理の誤りの訂正(売上の期ずれ修正、製造間接費を在庫金額に含める等)

    • 会計処理の変更による影響の調整

  • プロフォーマ調整(例示)

    • 連結除外会社(事業)を過去からなかったものとする

    • 連結参入企業(事業)を過去からあったものとする

    • 喪失した得意先を過去からなかったものとする(新規を過去からあったことには、わざわざしないです。)

    • 事業計画の施策を過去に反映させる(超過人員の人件費を調整する、工場移転後のコスト水準に調整する等)

どのように使えばいいのか?

  • 「正常収益力」及び「利益の質」の定義は、M&Aの業界内である程度固まっていますが、細かい部分では、担当者によって千差万別です。例えば、極端な例ですが、キャッシュフローの裏付けのある利益のみを質の高い利益と考えて、売掛金の回収期間の長い売上をすべて翌期に遅らせたケースを見たことがあります。
  • 価値評価をDCF法で行う場合、売掛金の将来の回収見込期間を適切に設定すれば、売上の計上期は運転資本の増加(=FCFのマイナス)となるため、価値評価にはマイナス要素として自動的に反映されます。つまり、DCF法では、正常収益力と運転資本の整合性が図れている限り、価値評価を正確に計算することは可能です。
  • 一方で、マルチプル法では、売上高、EBITDA等に倍率を乗じるため、売掛金の回収期間が長期であることを価値評価に反映させるためには、売上高を適切に調整する必要があります。(倍率算定の基礎として類似会社の売上計上基準に一致させる)
  • このことから、正常収益力分析は、マルチプル法を採用する場合と相性がいいことが分かります。つまり、正常収益力分析は、マルチプル法において倍率を乗じる売上高・EBITDAを適切に算出するという点に意味があります。

もう一つの意義

  • もう一つの意義は、事業計画の発射台となる直近の実績値を正常化することにあります。一般的に事業計画は積み上げ方式や、成長率を用いた方法等によって作成されますが、ベースとなるのは直近の実績値です。その実績値をもとに、得意先別売上高/製品別売上高等を積み増したり、成長率を乗じたりするので、実績値が正常でない場合、将来計画は歪みを含んだものとなります。その歪みを含んだ事業計画をもとにDCF法、倍率法(計画1年目の利益を利用する)で算定された事業価値も当然適切な数字ではありません。
  • また、調整後の発射台と計画1年目のかい離が大きくなる場合、計画の見直しの議論に波及します。そのため、正常収益力分析の結果(実績値)と事業計画を繋げて異常点がないかを確認する作業は、財務DDにおいて必須です。
  • この点、前回のブログで記載したように、将来計画の分析をスコープに含めていないケースでは、全くケアされないことになります。そのため、財務DDでは出来る限り将来計画の分析もスコープに含めることを強く勧めます。